健康者と有病者で2〜4Nの差
- 87歳の男性で上下総入れ歯の元気なご老人の症例
- 入れ歯を使いこなしにくいということで、1年半前位から義歯の調整、作製を平行しながらパタカラによる機能訓練を行った。最初は、5.4N位しかなかったが、現在8.8Nまで口唇力がアップした。それに伴って咀嚼力もアップしている。健康者と有病者とでは、男性で各年齢別で2〜3Nの差がある。女性の場合も3〜4N位の開きがある。またパタカラで機能訓練を行うと、どの年代でもそれなりに口唇力がアップする。それに伴って口腔内の不快症状は軽減、緩和してきている。
- 71歳の女性で軽い脳梗塞をおこした患者さん
- 有歯顎で部分入れ歯を上下に装着しているが、言葉がつまったり、歯切れが悪いということでパタカラを紹介。1年半近くパタカラと共に歯科の治療を行ってみると、普通の方と同じように会話が成立するまでに改善。また、口唇力は最初の4.6Nから9.0Nまでアップした。
脳梗塞の既往のある方5症例
- 1)1年後ハーモニカが吹けた
- 59歳の男性で右側に脳梗塞があり、左上下肢が麻痺し、車椅子の生活。基礎疾患として高血圧及び閉塞型の睡眠時無呼吸症候群が疑われており、脳梗塞を起こし、約3ヶ月療養。左側の手足が不自由で、左側の舌運動の機能障害があった。パタカラの機能訓練も、治療に平行して約1年間行った。口唇力は初診時6Nだったが、約1年後には最高で12.1まで向上。初診の頃は左側の口角が下垂してよだれが垂れ流しの状態。構音障害や咀嚼障害もあり、口腔内の清掃状態が悪く、強度のう蝕症、歯周病に罹患していた。口腔内のケアと共に1日3回〜4回パタカラによるリハビリを続けたところ、3ヶ月後に言葉の歯切れがよくなり、よだれが止まったと家族から報告された。半年後、口唇の渇きやいびきが低減。3ヶ月を越える頃から症状がよくなったことを自覚して、積極的にリハビリに取り組むようになる。口唇力が10Nに近づいてくるに従って、入れ歯の安定や位置が非常に良くなる。8〜9Nを越す頃から言葉の歯切れがよくなり聞き取りやすくなる。本人の生活の姿勢も改善し積極的に生活を送るようになる。口角のバランスが取れるようになるのは大体8ヶ月目位からで、明らかに口唇の下垂がなくなってきた。趣味のハーモニカも吹けなかったのが、1年近く経ってから吹けるようになった。
- 2)半年でよだれが止まる
- 74歳の多発性脳梗塞の方。左上下肢が完全に麻痺していた。初診時の口唇力は3.8Nで左側からの口角の下垂や、よだれ、いびき、むせ、構音障害、咀嚼障害がかなりあった。口腔内の清掃状態も悪く、左側にう蝕、歯周病が進行していた。この方は熱心で1日に5回〜6回リハビリを行い、2ヶ月後の体調の良い時には7Nを越す値を示した。3〜4ヶ月には、食生活もアップした。1年経過で3.8Nから9.7Nくらいまでになった。6ヶ月位から、よだれが止まり、唇の渇きや喉の違和感がなくなり、風邪を引かなくなったことを本人が自覚。それからは積極的にトレーニングに取り組むようになり、単語の発音も力強さが戻ってきた。誰でもそうだが、体調の悪い時には機能訓練をやらなくなってしまう。やらない時は口唇力が元に戻り、再開すると少しずつ持ちなおして来る。
- 3)口唇力向上→積極的な生活に
- 78歳の左側の脳梗塞の女性。右の上下肢が麻痺し、軽度の構音障害と失語症。初診時の口唇力は3.8Nで右側の口角がやや下垂していた。言葉の歯切れが悪く、睡眠時の口呼吸、喉が昔から弱いということで、風邪を引きやすいと訴えていた。総入れ歯があるが、ほとんど使わずに歯肉で食事を摂っていた。1年間追ってみたが、体調が悪くてパタカラをやらない時は口唇力が下がり、再開すると徐々に持ち直し、10.5Nまで向上した。口唇力の向上と共に、集中力が増し、表情も豊かになり、積極的に生活できるようになった。喉の乾燥感もなくなり、冬に風邪を引かなかったという。左右の筋肉のバランスも非常によくなり、口角の下垂はほぼわからない程度に改善された。
- 4)左右アンバランスな方 80歳の女性
- 多発性脳梗塞に伴い、左上下肢が麻痺している。初診時は7.8Nあったが左右の筋力差が非常に大きかった。パタカラを咥えるとどうしても筋力の強い方に寄ってしまい、弱い方からずれて口腔内に曲がって入ってしまった。麻痺側の方に移動させながら機能訓練を行った。口唇の閉鎖時間の持続が伸びてきたのは、ほぼ4ヶ月目あたりから。それまではパタカラを咥えるだけだった。始めて4ヶ月目あたりからパタカラのリハビリ用からソフトに切り替えた。このような、筋力に左右差のある方は、最初は出来るだけ弱めのパタカラで無理の無いようにトレーニングを行ってあげることが必要。閉鎖訓練と一緒にストレッチ運動を加えて、筋肉の筋を伸ばしてあげることが大切である。左右で口唇力の差があると口唇力も一定ではないので、その辺を十分考えた上で適切なコメントをしなければならない。このような方でも、一生懸命続けることによって一番良い時で9.8Nくらいまで回復した。喉が丈夫になり、起床時の違和感が非常に少なくなった。本人は便通が改善し、家族からは白髪が減ったと言われるようになったという。
- 5)1年で5.5から10Nに
- 最後は82歳の女性。左側の脳梗塞で右の上下肢が麻痺。まじめにパタカラに取り組んで変化も綺麗にでた。最初の5.5Nから1年間で10Nに変化した。食事の形態も6ヶ月後に半粥食から普通の米食にチェンジ。口唇力が強化されると咀嚼力も同上に上がり、左右の筋肉の調整がとれてくると義歯の調整をしなくても、非常に噛めるようになり、安定がよくなる。唾液の蒸散が防げて、唾液が介在する口腔環境が保たれるからと思われる。高齢者においては、睡眠時の口呼吸が抑制され、唾液の蒸散が防げて、うるおいのある口腔環境が保てる状況になってきたと考えられる。
まとめ
- 口唇閉鎖力は、機能訓練開始から順調に伸び、1年後にはほぼ2倍にまで回復した。
- 口唇閉鎖力の回復に伴い、構音障害、よだれ、咀嚼の改善傾向が認められた。
- 筋力の向上に伴い、麻痺側と健康側のバランスがとれて義歯の安定につながった。
- 口角の下垂がかなり改善され、よだれの流出が非常に少なくなった。
- 舌運動に関しては、発語に大きな違いが見受けられた。それに伴い表情が豊かになった。
- 唾液の蒸散に関しては、唾液の殺菌、洗浄、保護、消化、潤滑という生理的な機能が発揮されて、口腔内の不快症状が軽減された。(若い方だともっと効果が期待できる。)
- 睡眠時の口呼吸が鼻呼吸に誘導されてきて、唾液の蒸散が止まったのだろうと思う。
- いびき、口呼吸の習慣は、約半分の患者さんが、介護者や家族の方から、明らかに良くなったという報告を受けている。
- 機能訓練を中断すると、一時的に口唇閉鎖力は下がってしまう。
- 大病をすると、口唇力が弱くなり、より多くの健康被害を招いてしまうことになる。
(文責編集部)