高齢者になると喉頭の高さを維持する力が弱くなることから、またいろんな疾病がおきてきます。熟年では、生活習慣病の原因になってきます。それをひとつのプリントにするとこういうことになります。(右図)
お話をもう一度オトガイがなぜ人類のためにあるのだろうかという問題に戻しますと、私は、オトガイ筋の何気なくやっている「口をつぐむ」という負荷刺激が実はこういう一連のことから嚥下力や呼吸の際の安全を確保しているのではないかと思っているのです。その、コントロールするためのカギ、一番大事なところが実はこのオトガイであって、これが「人類の発達」、「猿との大きな違い」ではないかと思います。特に鼻呼吸で上気道を確保して吸気の流れをスムースにすることや、口腔内で正しく舌の位置を保持することができないと、全身の健康確保や口腔内環境保持が困難になってきます。例えばいびきがひどくなると、無呼吸になり、これが「酸素欠乏とストレス」で生活習慣病を惹起させます。また、下唇のシステムが確立しないと嚥下トラブル防止システムが確立できませんし、他にも、乳幼児突然死症候群ということもあるのではないか。また、今の時点ではまだよくわかってないのですが、どうやら、口唇閉鎖力は痴呆症にも関係しているのではないかということも解明されつつあります。
口輪筋と各器官の関連
表情筋は、最初は少しでも感情表現を豊かに、何か「自分はいい男だ」とか「いい女なのよ」ということを相手に知らしめるためとか、いろんな目的のために、更に細かな感情表現が必要になって表情筋が発達してきたと思うのです。表情筋の発達に関する私の説なのですが、もともと表情筋が出来る前から口というものがあったわけですから、それに対してこの頬筋が出来てきてそれが表情を豊かにさせるために、いわゆる表情筋という細い繊維、筋繊維を発達させてきたのではないかと思っているのです。その証拠に、実は口輪筋を上下に閉じることによって、表情筋すべてが動き出すのです。もともと口を閉じるためにできた太い頬筋、これを上下に動かす事で初めて表情筋がしっかりトレーニングが出来るわけです。少し横道にそれますが、巷で、口角を引き裂くような形で負荷をかけるリハビリ方法や器具があります。頬筋の筋束を引き裂くことになりますので、やっている割には実際には効果がでない。それはまさに負荷がかかっていないという理由によるのではないかと思います。
遺伝子というのは、なかなかひとつのことで満足しないで、さらにさらにというふうに、長い時間をかけて次々と要求を出してまいります。最初はどんな商品でもこれは便利だなと思って使っていても、使っている100人のうち90人まで満足しても残りの10人がいろいろ文句をいいます。それが実は次に発展するステップの1つのきっかけとなるわけで、そこで更に使い易い器具が開発されるのではないかと思います。結果的にその遺伝子をもっと増やすためにはどうすればいいかということで脳も発達させる。それには右側前頭葉への脳血流の増加が必要です。こういうことや、さきほど申しました猿と人間の違いで、特に下唇に関しては舌と舌骨の影響関係ということがあるのではないかと思います。またこれは私が経験的に感じたことなのですが、実は自律神経や睡眠にもかなり影響あるのではないかと思うのです。野呂明夫先生がパタカラによる唇ストレッチは便秘に効果があるといわれていましたが、実は八王子の福祉老人施設でもこれを使った患者さんでかなり便秘がなくなったという話もあります。ところが、最初にこの報告を受けた時期は3年程前で、パタカラ開発のまだ初めの頃で、私の想像力が乏しくてそこまで考えが及びませんでした。「本当かな、ちょっと眉つばじゃないかな」とか思ったこともありましたが、そういう症例が増えてきて「やっぱり」という感じになりました。しかしこれも当面の標的の1つなのです。なぜ「当面の標的」かといいますと、多くの方にいろんな分野でやっていただくことによって、実は本当の全体像、MFTの全体像が浮かび上がってくる。それまでは、とりあえずの新たな標的としてあげていきたいと思っています。
MFTのターゲット
私が3ヵ月ほど前、北先生(旭川医科大学北進一教授)にお会いした時、顎関節症にパタカラが非常に有効であるという話をうかがいました。私の診療所にたまたま1ヵ月ほど前に突然50代の女性の患者さん(前からの患者さんなのです)が2年ぶりぐらいにみえました。右下7番のクラウンが取れて、2、3週間忙しさで放っていたら、突然口が開かなくなったというのです。全く口が開かないものですから、従来のテンプレートを入れる方法がとれない。仕方がないのでパタカラのリハビリ用を口に押し込んで「これをやってみてください」とやりましたら、2週間半くらいでだんだん口が開いてきまして、ちょうど3週間ちょっとの間で正常になってしまいました。そのへんのメカニズムはよく私としてはわかりませんので割愛させていただきますが、そういうこともあるということです。
今までは、MFTというと、すごくテクニックが難しい、時間がかかる、習得が大変と思われてきました。歯科雑誌をみると20〜30万円の講習料で、2日コース、3日コースでやられております。しかしそういう高名な先生方に治療を受けられた患者さんがたまたま私のところに来られるのですが、実は患者さんもご家族も一生懸命MFTをしているにもかかわらず治っていないというのが現実なのです。口唇閉鎖力にまで思いが及んでいないのです。
それではやり方が違うのではないか、MFTということをもうそれほど難しく考えなくてもいいのではないかというような、今、MFTは黎明期にきていると私は考えております。特に口唇への負荷のかけ方の研究が(特に部位とか、ターゲットを絞った部位に対しては非常に筋束の方向性に関する問題などで)、これからの時代の1つの研究課題になるのではないかと思います。
私は実は宝田先生(東京都・宝田恭子先生)が実践されている小顔、素敵な笑顔のための表情筋ストレッチングというものが、この個々の細い表情筋をこんなにも的確に、目標をねらって、トレーニングできるものなのだということが最近まで私には思い及ばず、もう完全に脱帽している状態だったのです。このように、いろいろな先生方に様々な角度から研究していただきたいと思っています。のどに関してとか、嚥下に関してとか、呼吸に関してとか、特にこういう方法をやればそれに対して効果があるのではないかということが出てくると思うのです。
「食」の自然行動をリハビリへ
話が変わりますが、私は一般大衆の人に対してこれからも人間の自然な行動そのものをリハビリに応用していきたいと考えています。実は今パタカラを皆様方にお使いいただいているのですが、哺乳瓶乳首の「つぐみちゃん」は赤ちゃんに対しての自然行動リハビリであると思います。そして、ここで「ちゅうLIP」という器具をご紹介します。これは1本120円〜160円ほどで普通に市販されているペットボトルですが、キャップを取り替えて使用することでパタカラほど強いストレッチ効果はありませんが、時間をかけられるので、毎回飲むときに唇を使うと、閉じる力をトレーニングするというものです。
それから今、計測器を開発しているコスモ計器さんと一緒にどういう形にしようかと試作しているものがあります。それは、嚥下障害者が毎日食べる「とろみ食」用のための用具、食品用器具です。それも実は自然行動を活用したリハビリのためのものなのです。
痴呆症への応用も
五日市に大久野病院という高齢者の方の健康に対して非常に理解のある病院がございます。進藤先生という方が院長さんでいらっしゃいます。その院長先生がOTとかSTの方に対して、良いやり方、良い器具があればどんどん使ってください、病院施設もそのために自由に使っていいですよというような許可を出して下さいまして、そのお言葉に甘えて、実はこういう器具「ちゅうLIP」とパタカラで痴呆症と言語障害の機能障害の方に対して口腔筋機能器具と知的ワークを組み合わせて治療してみました。今後の痴呆症治療の指針ともなるような、ものすごく良い結果が得られたようです。
私は、皆様方への私の1つの提案として、将来を含めて、そのMFTの正確な全体像を早く明確にするために是非とも先生方にもMFTの解明に御協力して頂いて、新しく歯科といわずに広く人類の幸せのために、ご協力いただければと思っております。ご清聴どうもありがとうございました。