いのちを守る歯科のパワー
●「今、歯科医療に望むこと」
過日、鶴見大学の紫雲祭で行なわれた公開シンポジウム「歯ーとtoHeart 患者さんの直接の声を聞こう! 今、歯科診療に望むこと」に参加した。実際の患者(乳がん治療経験者)の生の声を聞き、ともに、求められる歯科医療を築いていこうという真摯な試みであった。
がん治療の副作用である口腔粘膜症や口腔乾燥にともなう痛みや灼熱感、会話、食事の障害などの苦しみが、口腔ケアによって緩和され、合併症が予防できるという経験や、歯科からの積極的なアプローチの必要性が訴えられた。
発言のなかで、脳出血による母親の介護を経験した鶴見大の前田副学長のスピーチが印象に残った。それは、病床の母親を前にして歯科医師の自分は口腔ケア以外何もできない無力感を感じたが、病院の看護師から、『お口をきれいにしてもらって、母さんは発熱もせず元気で、幸せですよ』と言われ、歯科の役割と「心のケア」の大切さを再認識した、というもので、口腔ケアによって高齢者の感染症(発熱)の発症率が半分以下に減少するという調査結果も紹介された。
●歯を守ると寿命が延びる!
歯科と全身の健康との関わりは、以前から歯周病と糖尿病の関係が注目されている。日本の糖尿病患者は推定890万人、「予備軍」の1320万人と合わせると2210万人、国民の6人にひとりが該当する「国民病」である。
糖尿病患者は歯周病の発症率が2倍以上で「第6の合併症」とも呼ばれているが、他方歯周病があると糖尿病も悪化させ、歯周病の治療によって糖尿病が改善するという、双方向の関係にある。口腔と全身の関わりを象徴的に示すものだ。
また、2001年東京・多摩市において行なわれた1万3千人の調査(『高齢者の累積生存率とかかりつけ歯科医の有無』)において、かかりつけ歯科医がいる人の生存率(3年間の累積生存率)が、いない人に比べて大幅に高くなるという結果が報告されていることは極めて興味深い。
「歯を守ると寿命が延びる」「歯ぐきを守ると糖尿病や血管障害の予防、改善につながる」こと、すなわち「口腔から全身の健康を守る」歯科の役割を、まずは歯科医療人がしっかり認識して、社会に発信すべきである。
●「物語」に寄り添う医療を!
「医学は科学、医療は物語」と語った故河合隼雄氏(心理学者・京都大学名誉教授)が改めて注目されている。「物語」(Narrative)は患者の人生、生活そのもの。河合氏は「患者さんとは孤立した人体ではなく、たくさんの関係の中に生きている。医療は、人間関係を大切にすることを前提にした場合、別の体系、『医療学』が必要」と説く。
人間の「生活の質」クオリティオブライフ(QOL)は、病気を「医学」として制圧することと併せて「医療」として、患者さんが人間として生きることの価値を両立させることによって成り立つのである。
歯科は、「口から」食べて話し、呼吸し、そして笑うという人間の「生きること」の原点であり、「物語」、QOLの根本機能を担う器官である。それを守り育て、高める仕事である「歯科のパワー」に誇りと自信をもって、患者さん、そして地域社会に向かってアクションをおこしてゆくなら、歯科の未来は必ず拓かれる。私たちは、そう確信している。
「口腔ケアが全身の健康とQOLの向上に直結していることを全ての人に知っていただきたい。まさに歯科の出番です」。前述、鶴見大学の前田教授の言葉を胸に刻もう。