我々の「顧客」とは誰か?
●「もしドラ」もう読みましたか?
昨年12月に発行された「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海著・ダイヤモンド社)が売れている。出版元によると6月末時点で80万部を突破するベストセラーになっているという。
ひょんなことから野球部の新人マネージャーになった公立高校2年生の川島みなみが、偶然手にしたP.F.ドラッカーの『マネジメント』を手がかりに、低迷している母校の野球部を、甲子園めざしてイノベーション(改革)してゆくという物語。作者がAKB48のプロデュースに関わり、小説の登場人物が峯岸みなみなどグループのメンバーをモデルに書いたという話題性も重なって若い世代を中心に『もしドラ現象』が起こっている。
ドラッカーが述べるやや難解な用語や問いかけを野球に置き換えて、みなみは真剣に考え実行する。そのなかで仲間やチームが刻々変化してゆく姿がいきいきと描かれており、企業に限らず病院、学校、どんな組織にも通じる「原理原則」を一気に読ませてくれる好著である。
● 「顧客とは誰か」という問いから
『マネジメント』を手にして、みなみはまず「野球部を定義する」ことから始める。「企業の目的と使命を定義するとき、出発点は一つしかない。顧客である」。高校野球の「顧客」って? みなみは悩みながら高校野球に「感動」を求めているすべての人が顧客であるという結論にたどり着き、野球部を「顧客に感動を与える組織」と定義する。
歯科医院の場合はどうか。定義を尋ねると、大多数の人は「むし歯や歯周病を治すところ」と答えるだろう。顧客は?「患者さん」。それも間違いではない。しかしそこからは、治療中心の歯科医院像しか浮かんでこない。「歯科医院乱立」「患者減少」「診療報酬抑制」といった厳しい現実を乗り越える発想は生まれてこないのではないか。
そこで、「顧客」が本当に求めているものは何かを考えると「健康」「美しさ」「おいしいさ」「笑顔」…となる。その願いに応える組織が歯科医院であり、「顧客」は「健康な人」そして「より美しく」「より幸せに」なりたい人々なのである。そこに、予防を中心とした新しい顧客と市場を拓く道ができる。
●マーケティング&イノベーション
さて、「感動」を与えるために、野球部は「甲子園に行く」ことを目標に定め、みなみはその目標達成にむけて「マネジメント」を開始する。「企業の第一の機能はマーケティングである。…しかしそれだけでは成功はない。第二の機能はイノベーションである」。過去にイノベーションに成功して全国制覇した高校の例にならい、みなみたちは、過去の「常識」を捨てて「新しい価値」をチームのなかに作ってゆく。
彼女達が何を捨てて、何を創っていったのか、それは読んでのお楽しみであるが、歯科医院の場合も同じである。イノベーションとは価値の創造である。「その戦略の第一歩は、古いもの、死につつあるもの、陳腐化したものを計画的に捨てること。昨日を守るために時間と資源を使わないこと…」。
今から30年以上前に発行されて、今なおロングセラーを続けているドラッカーの『マネジメント』から学ぶエッセンスはたくさんある。とりわけ、いま歯科界ではマーケティングが脚光を浴びているが、「もしドラ」はそれぞれの組織、例えば歯科医院が有する「核となる価値」、治療技術や滅菌、徹底した説明を含めた医療サービスの「価値」を確立するイノベーションが不可欠であることを教えている。この本はスタッフみんなで医院改革に取り組む絶好の道案内になるに違いない。