歯科の「心意気」を示すとき
●中断者が増えてませんか?
最近の報道にもあるように児童虐待やネグレクト(育児放棄)が歯科医院で発見されることが多く、口腔には家庭環境や生育状況がより色濃く反映されています。皆さんの医院では、最近予約のキャンセルや治療中断の患者さんが増えていないでしょうか。また、せっかく時間をかけて話し合い口腔全体の治療計画をたてながら、「痛いところだけ治療してください」「今回は保険で」という患者さんがいるのではないでしょうか。
昨年私たちが行ったHONNET(「患者さんの本音ネットアンケート」)でも、年収が低くなるほど「影響」「不安」が大きくなり、歯科の受診を控える実態が浮き彫りになりました。歯科の受診行動は、医科と比べてより直接的に景気の変動や経済状況に左右されます。口腔は文字通り「社会の縮図」なのです。歯科医院の厳しい経営環境の背後には、患者さんの「生活危機」が横たわっています。
●民医連「口腔崩壊」を告発
全国1759の病院で組織される全日本民主医療機関連合会(民医連)が発行する「民医連医療」5月号の特集「口から見える貧困問題」には、まさに「現代社会の縮図」が描かれています。
東京・相互歯科を受診している親子。1歳8ヵ月の子は前歯がむし歯で溶けてなくなった状態で父親も前歯がない。岩下医師は、この事例など深刻なむし歯をもつ子どもたち24例をピックアップ調査。「口腔崩壊」の背景として「経済問題」「親の喫煙」「多兄弟」等、家庭の深刻な状態、親の過酷な生活がそのまま子どもに現れていると報告しています。
別の報告にも驚きました。医療費を分析すると医科の患者が支払う診療代の金額が、最低所得層(世帯年収200万未満)と最高所得層(同2000万超)で1.59倍の開きなのに対して、歯科の場合は5.71倍もの開きになっています。歯科に通えるのは所得水準の高い人で、低所得者は歯科医院に行かない(治療できない)のです。同誌は、不況や倒産、失業などの経済危機が大人や子どもの「口腔崩壊」に直結している事態に警告を発しています。
●ともに新しい「物語」を作る
今月のTogether Interviewで紹介している札幌・にこにこ歯科の堀聖尚院長は、医療は患者さんの人生や生活の「物語」(Narrative・ナラティブ)を理解するところから始まる、という理念のもとに診療を行っています。真の医療はEvidenceによる画一的な対応ではなく、個々の人間のもつ「物語」の関係性を基礎にすべきであるという考え方です。社会全体が苦しんでいるこの時代だからこそ、患者さんが背負っている生活環境や人生観を大事にして診療にあたることが求められています。
歯科医療は、食べる・飲む・呼吸する・話すという人間のもっとも基本的な機能を担う口腔の健康を守り、増進させる仕事。それはイコール人間の尊厳に直結する仕事です。
数年前、日本歯科医学会が招聘したロンドン大学のトリシャ・グリーンハル教授の講演「NBM(Narrative based Medicine) 患者の多様な訴えをいかに受け止めるか」を聴きました。氏は「NBMの3要素」は@「物語」を丸ごと尊重する A「物語」の総体を聴き取る B複数の「物語」を認める の3つであり、「患者とドクターで、一緒に新しい『物語』を作っていきましょう」と力をこめて訴えました。
●歯科の「心意気」を示すとき
できることはたくさんあります。まずは自院の患者さんの「物語」に心を寄せること、そして活動フィールドである地域の実態に目を向け、患者さんや地域の人々の健康のために、ホームドクターとして何ができるのか、何をなすべきかを考え、素早く行動しましょう。人々を元気にすることが、医院を元気にすることにつながります。
人々を元気にする、地域を元気にする、日本を元気にするために、みんなで一緒に「新しい物語」を作っていきましょう。いまこそ、歯科の「心意気」を示すときです。
コムネットでは会員のみなさんに、「リコールアンケート」を実施しています。リコール率や中断率データの背後にある患者さんの「物語」や地域の実態を考える手がかりになるはずです。ぜひご協力ください。