一刻の猶予も許されない
●混沌の2010年始動!
昨年来インプラント治療の問題点を追及し続けている「週刊朝日」が、豊橋市のS歯科によるインプラント「使い回し」疑惑をスクープした。1月19日「告発スクープ! セレブ歯科医 恐怖のインプラント治療」掲載号が発売され、同じ日に豊橋市歯科医師会が記者会見を開いたことで、「豊橋インプラント使い回し事件」にマスコミが殺到した。S歯科では、ほかにも同意なしの治療や治療後の高額請求、無資格者による治療行為などの行為が明るみに出され、S歯科医は翌日自殺をはかった(未遂)。
「今の時代ほんとうにそんなことが起こっているのか」と耳目を疑った人も多かっただろう。ブログでの高級外車を乗り回す派手な生活の誇示ともあわせて、歯科医師の社会的信用、そしてインプラント治療の信頼性を地におとしめる事件となった。S歯科は「豊橋インプラント最多症例」を謳い、その数は患者数2千2百人余、埋入本数は6千本に上るという。
●中国製輸入義歯の安全性
2月に入り、今度はTBS系「報道特集 NEXT」が6日と13日の2週にわたって、力のこもった「中国製技工物は安全か」の特集を行った。「手続き簡単!日本と同じ材料の技工物が半額から1/5の価格で1週間で届く!」こんなうたい文句の宣伝パンフが送られている。番組は、実際に中国に注文した技工物を愛知学院大などで分析した。その結果4つのラボのうち3ヵ所で製作されたブリッジやクラウンが「プレシャス」(貴金属)の指示に対してニッケルやクロム、モリブデンの安い合金で作られ、その中に1.2〜1.9%のベリリウムが検出されたのである。ベリリウムは、WHOで「Group 1」(最も発がん性の高い物質)にランクされ、日本でも1985年に歯科合金への使用を禁止している。それが中国で製作され、その中国にベリリウム合金を輸出しているのがなんと日本企業だったのである。
●歯科行政の立ち遅れを正せ
海外技工物に対しては、国を相手にした訴訟が続いているが、国は海外技工物の使用については個々の歯科医師の判断に委ねる姿勢で、1審2審とも国が勝訴している。番組では2月9日の長妻厚生労働大臣の「輸入は適当ではない」「背景にある構造的な問題の実態把握をしていきたい」という発言を紹介しているが、全国で毎日130万人が歯科医院に通院して治療している中にどれだけの発がん性、アレルギーの原因となる金属が口のなかに装着されているかを考えると、一刻の猶予も許されない。歯科行政の責任は重大だが、まずは歯科界が率先して正すべき緊急課題である。それは、あきらかに「医原病」「歯原病」の原因だからである。病気を治す仕事が、新たな病気の原因となってはならない。日本では国家資格をもつ歯科医師、歯科技工士しか作れない技工物を「誰でも作れる」国から何のルールもなく「雑貨」で輸入してはならないのだ。
●患者を犠牲にしてはならない
今回明らかにされた「使いまわし」インプラントも、「中国製技工物」も(犯罪にあたるか否かは議論が分かれるだろうが)同じ根を持っている。人の口に入れるものだ、という意識が欠落しているということである。たとえば、自分や自分の家族に、使い回しのインプラントを使うだろうか。生体は、他人の「ヒト由来物質」が付着したものは「異物」として排除しようとする。だからS歯科では埋入失敗の連鎖が起こっていたとも考えられる。同様に、金属アレルギーの原因となるニッケルが77%の合金を大切な人の治療に使うだろうか。ましてやそれに作業効率が早まるからと発がん性のあるベリリウム合金を使うだろうか。今回の問題は医療者側のモラルが厳しく問われる根本的な問題と受けとめなければならない。医療は「信頼」が基礎だからである。
もちろん、歯科医院経営がかつてない厳しさに、直面していることが背景にあることはいうまでもないが、そういう時代だからこそ、患者さんを守る、健康を守る医療人としての姿勢をつらぬくことが、信頼関係を守り、広く国民の支持を得ることにつながる。
ここが踏ん張りどころである。胸をはって「あなたの健康づくりはおまかせください」といえる診療、そしてメッセージの発信を実行していきましょう。