「持続可能」な経営戦略を
「歯科医療白書」の描く歯科の未来
●「歯科医療白書」2008年版
今年の春、日本歯科医師会発行の「歯科医療白書」が5年ぶりに発行され、興味深く読んだ。「持続可能な歯科医療社会を目指して」と題して、内容は国民の口腔保健の現状から歯科医療サービスの課題、歯科医院の経営分析から国際比較まで多岐にわたっている。残念ながら、現在の日本の医療の中心的テーマである高齢者医療に対する歯科からのチャレンジ(領域拡大、新領域への参入)という内容にはほとんど言及されておらず、「歯科の姿勢」が問われる構成だが、年々厳しさを増す医院経営を立て直すヒントや提言も含まれている。
●9.1%が「絶対的貧困層」に
『白書』は、注目を集めている「ワーキングプア歯科医師」の実態を分析している。歯科医師の所得の中心値を102万8,670円と算出し、この金額の半額51万4,335円を下回る歯科医師が「相対的貧困層」で全体の20.2%、さらに歯科医師の9.5%、9千3百人が年収200万円以下の「ワーキングプア」にあたるとしている。今回もっと驚かされた数字がある。それは、生活保護費から算出した日本の「絶対的貧困層」の所得15万2,660円に満たない開業歯科医が、なんと9.1%5,365人にのぼっているという事実。そしてその半数にあたる4.6%は収支差額が赤字という深刻な事態である。
●歯科界は「ひとり勝ち市場」
『白書』は、「市場原理」の下にある歯科医療現場では「他医院との差別化」によって競争の優位に立つことが求められるが、根幹の「医療技術サービス」の優劣については、スピードや得点を競うスポーツのように明確ではなく「歯科医師の報酬は高技術による絶対的成績よりも、診療サービスの相対的成績で決まる『ひとり勝ち市場』である」と述べている。「ひとり勝ち」と呼ばれるのは、相対的成績をあげた階層に報酬が集中するからである。
しかし、わかりにくいとはいえ、技術サービスである以上、その優劣は患者には伝わる。コムネット会員には「不況どこ吹く風」の医院も多いが、それは、診療技術を根幹に据えながら、さらに不断のコミュニケーションを怠らない医院だからである。
●歯科の「マーケティング戦略」
『白書』は、この環境激変の時代に成長し続けるには、競争を前提とした経営戦略として「来院患者を増やし、来院頻度を多くし、1回あたりの収入金額を上げる」ためのマーケティング戦略が必要、と述べている。しかしこの「マーケティング」の定石は、歯科があくまでも「医療」であるという前提を踏み外すととんでもないことになるということも、過去の教訓が教えている。そのうえで『白書』が述べる対策を紹介すると、第1は定期管理を含めた「できるだけ痛くしない医療サービスの提供」、第2はインプラントなど「提供する歯科医療のメニューの充実」、そして第3に訪問診療など「高齢化の進行に向けた歯科医療」を挙げ、そのほかに「リニューアル」「最先端医療機器の導入」などの対策を総花的に提起している。
●「連帯」と「共生」の歯科医療
同時に『白書』にある、極めて短い記述ながら「市場原理主義を超えて、連帯と共生を」という見出しに注目した。論旨は、多数の「負け組」と少数の「勝ち組」が誕生すると、クラフトユニオンの性格をもつ歯科医療業界の同業者意識に亀裂が発生しかねない、というものだが、本欄では別の意味で同じ言葉を提唱したい。それは、口腔をつうじていのちと健康をあずかる歯科医療には、弱肉強食の市場原理とは相容れない社会的責務や誇りがあるからである。医療者には地域医療、高齢者医療など「構造改革」「市場原理」の名の下に切り捨てられてはならないものを守る責務があり、国民の健康を守る責任を果たすだけの充分な報酬や条件が整えられてしかるべきである。『白書』にこそ、心意気を示してほしかったし、その延長線上に歯科医療の「持続可能」な戦略があるのだということを訴えたい。
日本の各地では、心ある医療人が力をあわせ、ともに地域の健康を守り増進させ、ともに伸びる歯科医療の営みがすでに始まっている。