「志」の経営・「真心」の診療
●突破口を模索する歯科界
先ごろ横浜で開催された国際歯科大会に参加しました。そこで感じたのは、低迷する医院経営の苦境の突破口を模索して「矯正」「審美修復」「インプラント」等の可能性をひろげ、自由診療の市場に積極的に向かおうという内容が目立ったことです。
国の医療政策は、国民の健康を守り伸ばす「保健」の制度として機能せず、いつまでも疾病の「後追い治療」を継続し、「予防」の手をしばる基本路線のまま推移しています。
かさむ一方の医療費を診療報酬切り下げや患者の負担増で解決しようとする政治。その場当たり的な政策と、患者・国民の狭間に立って、医療者はまじめにがんばろうとすればするほど窮地に立たされる構造の下で苦しんでいます。それが、日歯事件のような腐敗をうむ背景となり、組織も個人をも誤った行動に追いやる元凶なのです。
●「抜歯基準」が拡がる危険性
「保険は頭打ち。これからは自費を増やさなければ」と考える人も多いでしょう。患者さんの要望に応え、必要に応じて高品質の医療サービスを提供してその対価をいただくこと自体は何も問題ありません。
しかし「歯科110番」を引くまでもなく、技術レベルやメインテナンス体制、滅菌などの条件が満たされない中で行われる一部の「自由診療」が、事故や「医事紛争」の原因となっているのも事実です。
私たちがそれ以上に見過ごせないのは「治療の速度」や「機能性」「審美性」「予知性を高める治療」という目的のために、「抜歯を行う基準が拡大される傾向にある」という指摘です。近年、これまでの「後追い補綴」とは違う「21世紀型補綴」として提唱されている「戦略的補綴」も、徹底した情報提供とMI(ミニマル・インターベンション=最小限の侵襲)を前提にしなければ「同じ轍」を踏まないとは言い切れないのです。
●「一生自分の歯で」の努力は?
これまで、できるだけ「削らず」「抜かず」熱心に「1本の歯の大切さ」を訴え「がんばって自分の歯を守りましょう」とブラッシング指導を行い「一生自分の歯で噛めるように」と定期健診やメインテナンスの態勢を整え、歯科衛生士を雇用して継続管理を実践してきた地道な予防歯科のとりくみが、経営状態や「選択肢の拡大」という環境変化のなかで後退し、医療者主導の補綴が増えてゆくとすれば、それは歯科医療のパラダイム(根本的な考え方)が逆回転にシフトチェンジすることにつながることを意味します。
●原点は「患者中心」の歯科医療
今回の歯科大会で、筆者は「予防中心型オフィスの診療モデル」のシンポジウムに参加しました。
NPOを立ち上げ、真の意味で患者中心の歯科医療のありかたPOS(Patient・Problem・Oriented・System)を実践する足立優氏、「デンタル・インタビュー」を体系化し、医療者と患者の双方向のコミュニケーションを基礎に「患者自立支援型」の予防歯科医院づくりをすすめる山田晃久氏、さらに診療にはエビデンス(EBM)とともに患者さんの意識や人生観、即ちナラティブ(Narrative=物語)に基づく医療NBM(Narrative Based Medicine)を兼備えた診療技術が重要と訴える本間宗一氏の講演は、共通して「医療の主人公は患者さん」であり、患者の「自立」と「自己決定」を支援するパートナーとしての立場を明確に示しました。3人のドクターの「真心診療」が参加者に大きな感銘を与えました。
日本が大きな曲がり角に立つ今だからこそ、歯科界が医療の原点に返って「志」を貫き、「夢」を描いてチャレンジし続けることが何にもまして求められている。横浜の大会に参加してその思いをあらためて胸に刻みました。